刑事弁護コラムの7本目は「被害者の方の立場を考えること~依頼者側の弁護士の職責~」です。

◆ 示談の成立が、被害者の方にとってどのような意義を持つのか。

否認と並行して行う場合であれ、示談(交渉)を担った弁護士は、第一に、「示談の成立が、被害者の方にとって、どのような意義があるのか?」を考えることになります。このことは、自白事件の際に、示談(交渉)を行う場合と、何ら変わりがありません。

事件に至った背景、被害者の方と依頼者の従前の関係、被害の内容・性質・程度、被害者の方が依頼者に対して抱くお気持ちや、事件に関心を抱いている点、あるいは事件が終わった後に有する利害関係等、多方面から情報収集と分析を行い、当該事件において、示談を成立させることが、被害者の方にとって、どのような意義を持つのかを、ときには被害者の方との協議を交えながら、検討していくことになります。

◆ 被害者の方の立場と示談(交渉)

「示談をして、一区切り付けた方が、気持ち的に楽だ。」
依頼者との関係を、きちんと法的に清算しないことは、被害者の方にとって、かえって心の負担となる場合があります。示談をすることで、被害の事実が無くなることはありませんが、弁護士独自の検討や被害者の方との協議の結果、示談を一つのきっかけとして、自分なりに区切りを付けられる方は、確かにおられます。

「法廷で事細かく証言して、再度傷つくことになるのは避けたい。」
事件の内容や否認の態様によっては、思い出したくもない・話したくないことを、つぶさに法廷で語らなければならないケースがあります。遮蔽措置やビデオリンク方式等、二次被害を防止する手続きはありますが、再度の証言そのものが、被害者の方にとって、大きな心理的負担になることは否定しがたい事実です。
そのような中、特に捜査段階の示談は、起訴/不起訴の判断に大きな影響を与えることとあいまって、示談の成立によって上記弊害を避けるということが、見通しのある被害者の方側の効用として挙げられることになります。親告罪であれば、告訴を取り下げれば、起訴は100%ありません。

「示談交渉の中で、再犯防止策を具体的に話し合った方が、自分としても安心する。」
依頼者と相隣関係にあるなど、犯罪後も、双方がどうしても顔を合わさなければならない場合では、接近禁止条項等を有効に活用することによって、事件後の再犯防止策を取り決めた方が、かえって被害者の方が安心されるケースもあります。

◆ 原点はいつも、「示談(交渉)は被害者の方のために行う」こと。

大切なことは、双方の言い分が食い違う場合であっても、「示談(交渉)は被害者の方のために行う」という原点に立ち戻り、ときには被害者の方との協議を交えながら、しっかりと示談締結の意義を考えていくことです。
上記の点について、依頼者を含む事件当事者・準当事者の方が、つぶさに気を配る心理的余裕や知識・経験は、なかなか持ち合わせておられないのが実情です。双方の言い分が食い違っている場合は、なおさらといえます。

弁護士が、否認事件と並行して示談(交渉)を行う際であっても、もっとも念頭に置くべきことは、「示談(交渉)は被害者の方のために行う」という、一見すると、依頼者と利益相反にあたるように思われがちな点を遵守することにあるといっても、過言ではないのです。