最近、この点が問題となった裁判例としては、被告人が、実弟から襲われて、自己の身を守るために実弟の背後から腕を首に回して締めつけて窒息死させたという事件があります(大阪地裁平成23年7月22日 判タ1359号251頁)。

この裁判例は、「急迫不正の侵害」があり、かつ、「防衛行為が(客観的に)過剰であったこと」を前提に、「(主観的に見ると)防衛行為が過剰であったとは言えない」と判示したもので、裁判所は『…被告人に弟の首を締めているという認識があったと認定することはできず、被告人は弟の首の辺りを腕で押さえ込み、弟の動きを封じようとする認識にとどまっていたという前提で判断せざるを得ない。そして、このような被告人の認識していた事実を基礎とし、本件事件当時被告人が置かれていた状況等を考慮すれば、被告人の認識上、被告人が弟に対してした行為は、…相当性を有するものと認められる。

そうすると、被告人は、防衛のため相当な行為をするつもりで誤ってその限度を超えたものであり、防衛行為が過剰であることを基礎づける事実の認識に欠けていたのであるから、被告人の行為は誤想防衛に当たり…防衛行為が過剰であることを基礎づける事実の認識に欠けていた…』として、被告人を無罪としました。

誤想過剰防衛における故意犯の成否を、 (客観的な)過剰行為をした者の認識ないし誤認していた「防衛行為」を前提として被告人の認識(故意)を判断していることが分かります。

36条2項適用の可否

さらに、誤想過剰防衛に故意犯が成立するとしても、刑法36条2項を適用して、裁判所が任意の減軽・免除できるのか、という問題があります。

特に正当防衛状況が存在しない場合には、36条2項は適用できないという見解も学説にはありますが、判例及び学説の多数説は、その適用を認めています。36条2項の「情状により・・・」の「情状」には責任に関する事情もかなり含まれていると解されており、『正当防衛状況こそないが、そのように誤信してしまった防衛行為者が過剰な行為をしてしまうのは(通常の過剰防衛の場合と同様に)やむをえない』というのが、その理由です。

  • ※1 犯罪事実としての違法な事実を認識したうえで、その行為にでた者のこと。

参考文献
山口厚 (2016年) 「刑法総論(第3版)」
前田雅英 (2015年) 「刑法総論講義(第6版)」
山口厚・佐伯仁志 (2014年) 「刑法判例百選Ⅰ総論(第7版)」
今井猛嘉・小林憲太郎・島田聡一郎・橋爪隆  (2012年) 「刑法総論(第2版)」
小林憲太郎 (2014年) 「刑法総論」
小林憲太郎 (2015年) 「重要判例集 刑法総論」