Q.兄が父に添え手をしながら遺言書を作成したのですが、兄に都合の良い内容でした。無効にすることができないでしょうか?

今年、父が80歳で亡くなりました。父は亡くなる2年ほど前から病気の後遺症のため手が震えるようになり、手の震えと視力の悪化により、字がゆがんだり、震えたりする状況にありました。今回、父が亡くなる1年前に作成したとする自筆証書遺言が見つかりました。遺言書には、ゆがんだ字等もありますが、一部には達筆な字もみられ、便箋5枚に整った字で整然と書かれています。遺言の内容は、兄に都合のよい内容になっていました。兄に遺言書作成の経緯を聞くと、兄が父の手を握り、補助をしたそうです。このような遺言書は有効でしょうか。

A.具体的事情によっては、本件の遺言書は「自筆」の要件を欠き、無効とされる可能性があります。

1.自筆証書遺言の要件について

自筆証書遺言とは、遺言者が、遺言書の全文、日付及び氏名を自署し、押印してする方式の遺言をいいます。自筆証書遺言は簡単に作成でき、費用もかからないメリットがある反面、方式不備で無効とされる危険が大きいデメリットもあります。

自筆証書遺言では、遺言書全文を自分で書く必要があり、かつ、遺言当時に自筆能力を有しなければなりません。

自筆能力とは、遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力をいうとされています。

ご相談の事例では、他人の添えてによる補助を受けて自筆証書遺言書が作成されているので「自筆」の要件をみたすかが問題となります。

2.自筆の要件を満たさなかった事例の紹介

同種の事案において「自筆」の要件を欠くと判断した判例があります。

この事案は、視力の衰えと脳動脈硬化症の後遺症により手が震えて独力では満足な字を書けなかった被相続人が添え手による補助を受けて作成した自筆証書遺言の無効確認を求めたものです(最一小判昭和62年10月8日)。

「病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、(1)遺言者が証書作成時に自筆能力を有し、(2)他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間取りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3)添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが筆跡のうえで判定できる場合には、「自筆」の要件を充たすものとして、有効であると解するのが相当である。」

判例では、遺言書には書き直した字、歪んだ字等が1部にみられるが、1部には草書風の達筆な字もみられ、便せん4枚に概ね整った字で本文が22行にわたって整然と書かれた事実などを認定し、上記(2)の要件を欠き無効と判断した原審の判断を是認しました。

ご相談の事例でも、被相続人の筆記能力を考慮すると、添え手をしただけでは、到底、本件遺言書のような字を書くことはできないことなどが認められれば、「自筆」の要件を欠き、無効とされる可能性があります。