取締役の職務執行の仮処分における保全の必要性とは

仮処分が認められるには、「被保全権利」の他に、「保全の必要性」が要件として求められます。被保全権利については前回詳しく説明しましたので、今回は「保全の必要性」に焦点を合わせて説明します。

保全の必要性は一般的には、仮処分債権者の損害が問題となります。しかし、取締役の職務執行停止においては、仮処分債権者ではなく、会社に対しての損害が対象となります(大阪高裁決定昭和26年2月28日、東京高裁決定昭和52年11月8日、名古屋更正決定平成2年11月26日)。これは、本案となる訴訟がそもそも会社のために提起されるものだからとされています。

したがって、取締役の職務執行停止における「保全の必要性」とは、会社に著しい損害または急迫の危険が生じることであるといえます。

保全の必要性において主張すべき損害

では、会社に生じる「著しい損害または急迫の危険」については、どのように疎明すればよいのでしょうか。

会社は経済的利益を目的とした法人格ですから、その損害は経済的損害と考えられています。したがって、前々回説明しましたように、損害が認められやすいといえる事情はとしては、以下のように考えられます。

①会社の信用が従前の代表取締役個人の信用に基礎づけられていて、仮処分の対象とされている現在の取締役では対外的信用が失墜するおそれがある
②仮処分の対象とされている現在の取締役に経営能力がない
③仮処分の対象とされている現在の取締役が会社の重要な財産を私的に流用するおそれがある

仮処分を申し立てるには、これらの事情につき、具体的な主張とともに、資料を提出することになります。

たとえば①については、従前の代表取締役が経営を行なっていた時期について、個々の取引の相手方を特定しつつ、他社をさしおいてまで取引をすることについて経済的メリットが大きくないことを引き合いに出しながら、その相手方と代表取締役個人との信頼関係から成り立っていることを主張することが考えられます。その疎明資料としては、他社が一般に提示している取引価格の情報や、取引先や他の取締役なの関係者の陳述書を提出することが考えられます。

②については、現在の業績が良くないことを主張するとともに、同業の一般的な経営者であれば行っただろうといえる水準の経営判断がなされていないことなどを個別の判断ごとに主張します。業績を証明するための書面としては、暦年の事業報告書や計算書類、取締役会議事録の写しや関係者の陳述書を提出することが考えられます。

③については、過去に私的流用があったのであればその事実を主張し、関係者の陳述書とともに、いままで行われていた私的流用を証する書類(流用先と職務執行停止の対象となる取締役との人的関係を証する資料等)などを疎明資料として提出することが考えられます。また、私的流用を迫られている事情がある場合にはその事情を主張し、関係者の陳述書を作成することも考えられます。

なお、仮処分債権者の損害についても考慮されるべきであるという考えもありますので、上記の事情について主張・疎明をしたうえで、申立人である仮処分債権者が損害に生じる損害についてもあわせて主張・疎明することが有用であると考えられます。