Q.不動産業者です。社長が、愛人へのマンション購入費用のために、会社の不動産に抵当権を設定して、金融機関から融資を得ようとしています。社長の行動を止める法的手段はないでしょうか。

当社は、1980年創業の大阪府内の不動産業者で、株主3名の小規模会社(閉鎖会社)で、私は、創業者である父の長男です。

3名の株主は、私が20%、父が60%、私の弟が20%です。当社の取締役は、父(代表取締役)、私(専務取締役)、弟(常務取締役)の3人が就任しています。

最近、父は、私と弟に黙って、当社の不動産に抵当権を設定して、金融機関から、多額の融資を貰おうとしていることが発覚しました。調査してみると、父にはどうも愛人がいるようで、愛人にマンションを購入するためのお金を会社から融通する目的のようです。そのようなことを勝手にされると、会社としても身内としても大変迷惑なのですが、会社の代表者印は父が握っている上に、過半数の株式は父が保有しているため、大変困っています。

私と弟としては、今後、大きな経営紛争に発展したとしても、何としても父の暴挙を止めたいのですが、取り急ぎ、父の行動を止める手立てとして、何らかの法的手段はないでしょうか。

A.(代表)取締役の違法行為の差止め仮処分、もしくは、(代表)取締役の職務執行停止(及び職務代行者選任)の仮処分、という法的手段があります。

1.(代表)取締役の違法行為の差止め仮処分について

(1)違法行為差止請求権

取締役の違法行為差止請求権(会社法360条1項)を本案とする、取締役の違法行為の差止仮処分という手続が、法律上認められています(民事保全法23条2項)。

上記仮処分は、1.(代表)取締役が、法令等に違反する行為等をしている場合や、これから行うおそれがある場合で、2.当該行為により、会社に著しい損害や回復することが出来ない損害が生ずるおそれがある場合に、認められています。

(2)取締役の忠実義務違反

お父様が、愛人にマンションを購入するためのお金を会社から融通する目的で、会社の不動産に抵当権を設定して多額の融資を貰おうとしていることは、取締役の忠実義務(会社法355条)に反するため、1.の要件は認められるといって良いと思います。

また、2.の要件は、お父様が融資して貰おうとされている金額(及び抵当権設定価額)、購入予定のマンションの金額、会社の規模、会社にとって当該不動産が重要なものか否か等、諸々の要素からの総合判断になりますが、会社と無関係な第三者にマンションを贈与することは、会社にとって何の経済的利益もありませんので、肯定的に捉えられる(2.の要件を充たす)ことが多いのではないかと存じます。

なお、請求権者(債権者)は、株主、監査役等に限定されています(会社法360条1項、385条1項、407条)が、ご相談者(と弟)は、20%の株式を保有しておられるということですので、この点はクリアーしているといえるでしょう。

したがって、ご相談内容を前提とする限り、(代表)取締役の違法行為の差止め仮処分申請は認められやすいと存じます。

(3)違法行為差止めの仮処分命令に違反する行為をした場合

ところで、取締役の違法行為差止めの仮処分命令に違反する行為をした場合の当該行為の有効無効については、争いがあり、当該行為をしても、当該取締役(本件ではお父様)の義務違反の責任が生ずるに留まり、行為の効力には影響しないとの立場が多数説です。

このように、債務者(本件ではお父様)が、仮処分命令を無視して行動に出た場合の実効性には、不安が残ります。

したがって、例えば、行為の相手方(本件では金融機関)に対して、仮処分命令が発令されたことを内容証明郵便等で速やかに知らせるなどして、行為の相手方(金融機関)の悪意又は重過失を証拠化しておいて、事実上の防御策を取っておいた方が懸命でしょう。

まともな金融機関であれば、通常は、融資契約は、一旦、棚上げになると思いますが、それでも不安を感じられる場合は、次に記載させていただく、(代表)取締役の職務執行停止(及び職務代行者選任)の仮処分を検討することになります。