事例・コラム
独断で自己株式処分を進める社長を阻止できませんか。
Q. 社長が独断で自己株式処分を進め、B社と業務提携を目論んでいます。株主の私と弟は阻止したいのですが、手立てはありますか。
私は不動産会社Aの株主です。
A社は、30年前に私と兄と弟の3人で設立し、元々、兄が6000株、私と弟がそれぞれ2000株ずつの株式を保有していました。
10年前に兄が他界した後、死んだ兄の遺言もあり、役員には兄の子Y1、Y2、Y3が就任し(Y1が社長)、私と弟は役員を退任しました。
兄の株式は、Y1が6000株のうち4000株を相続し、残りの2000株は兄の妻(Y1らの母親)が相続しましたが、生活費等に充てたいということで、兄の妻の株式は会社が買取る形で処理しました。
Y1と私や弟は、あまりウマが合わなかったのですが、最近、Y2やY3から、「Y1の意向で、同業のB社と業務提携することになった。」と突然告げられました。
詳しく聞くと、私や弟に無断でB社の役員に、会社が兄の妻から買取っていた株式を1000万円で売却し、すでに前金で300万円を受け取っていることが発覚しました。株券の交付はまだのようですが、1箇月後には、残代金の入金と株券の交付が予定されているとのことです。
B社(の役員)が2000株を取得すると、Y1とB社で、過半数の株式を保有することになり、Y1はそれを目論んでいます。
私や弟としては、B社(の役員)が株主となることは反対ですが、A社の場合、株式の譲渡には、定款上、取締役会の承認が必要となっています。Y2やY3は、Y1の意向に逆らえないらしく、すでに売却を承認してしまったようです。
私や弟には、もはや手立ては残されていないのでしょうか。
A. 手立てはいくつかあります。状況に応じて以下の方策が考えられます。
・回答1:自社株の売却には株主総会の特別決議が必要
・回答2:自己株式の処分の無効の訴えを提起する
・回答3:自己株式の差し止め請求(仮処分)
回答1: A社の自社株をB社(の役員)に売却するには、株主総会の特別決議が必要です
会社が自己株式を処分する場合、手続きは、株主間の株式譲渡のルールによるのではなく、株式の発行手続きと同じ手続きにより行うことが必要とされています(会社法199条1項)。
具体的には、ご相談のケースのような譲渡制限会社(全株式)の場合、株式の発行手続きは、基本的には、株主総会の特別決議を要することとされています(会社法199条2項、309条2項5号)。
そして、株主総会の特別決議の承認には、原則として、当該株主総会において議決権を行使することが出来る株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上の承認が必要です(同法309条2項柱書)。
要するに、B社への自社株の売却は、取締役会の承認で足りるものではなく、A社の株主総会において、Y1のほかに、少なくとも、相談者か相談者の弟の承認することが必要になります。
ご相談のケースでは、お二人とも B社(の役員)が株主となることに反対されているようですので、Y2やY3が自社株のB社への処分に賛同しているからといって適法になることはありません。
回答2: 自己株式の処分の無効の訴えを提起することが考えられます
違法に自己株式の処分がなされている場合は、株主は、救済手段として、自己株式の処分の効力が生じた日から6ヶ月以内(譲渡制限会社(全株式)の場合は1年以内)に、自己株式の処分の無効の訴えを提起することができます(会社法828条1項3号・2項3号、834条3号、839条、841条)。
無効事由は法律上明記されていませんが、ご相談のケースのように、譲渡制限会社の自社株の第三者割当てによる処分について、株主総会(の特別決議)の承認が得られていないような場合が無効原因にあたることは、解釈上、確立されています。
したがって、相談者らの対抗策としては、自己株式の処分の無効の訴えを提起して、自己の株式比率を確保することが考えられるといえます。
回答3: 自己株式の差し止め請求(仮処分)も考えられます
違法に自己株式の処分がなされている場合のさらなる応急手段として、自己株式の処分差し止め請求(会社法210条)を行う方法があります。
ご相談のケースでは、株券の交付が未了とのことですので、こちらの方法を選択することも可能と思われます。
ただし、自己株式の差し止め請求は、自己株式の処分がなされる前(本件では株券が交付される前)に仮処分が発令されなければならず、速やかに措置を講ずる必要があります。
ちなみに、上記の方法のほか、「会社の不利益」に着目して、取締役(本件ではY1)の違法行為の差し止め請求(会社法360条)で対応する方法も考えられなくはないです(昭和37年9月20日東京地方裁判所判決)。
もっとも自社株の売却の場合、会社に金銭が入るため、「会社の不利益」について裁判所を説得するのは容易ではありません。
立証も含めて考えると、前者の方法を取る方が無難かと思われます。