弁護士コラム
交通事故におけるモラルハザード(弁護士中村真二)
◆ モラルハザードが疑われる例
交通事故において、モラルハザードが疑われる案件は確かに存在します。
幅員2.5mの道路を時速5kmで徐行中、道路脇に停止していた自動車のサイドミラーを擦ってしまった。
すぐに車を止めて相手車のところに駆けつけたところ、運転席に座っていた者と助手席に座っていた者が、
「首を痛めてしまった」と言ってそのまま病院に行き、「頸椎捻挫」の診断書をとり、そのまま半年間、毎日整骨院に行って、治療費・休業損害・入通院慰謝料等を請求してきた。
ぶつけた方は、悪いとは思うものの、
「あの事故態様で、半年も首の捻挫が続くとはとても思えない。」
と、弁護士のところに駆け込んでくる等、嘘のような相談が入ってくることもあります。
事案と証拠の内容にもよりますが、事故による受傷と治療期間につき、仮に「詐病」が疑われたとしても、診断書が出た場合に、「詐病」と反証するのは極めて困難です。
これは、頸椎捻挫などに代表される、他覚的所見に乏しい症状は、主に自覚症状によって受傷の有無が判断されるため、「詐病」との区別が極めて難しいからです。
加害者側が「詐病」と思っていても、事故による受傷と認められて裁判で負けてしまうことも、当然、ありえます。
「本当に怪我していたなら、きちんと対応したいと思う。けれども、詐病だったら、払いたくない・・・」
と悩んでしまう加害者の方もおられるでしょう。
モラルハザードが起きている事件では、まさに、加害者側のそういう心理につけ込んでくるのです。
◆ 「詐病」が疑われる場合は、専門家に相談を。
モラルハザードが疑われる案件について、何か特効薬があるのか?
残念ながら、明確な対処法があるわけではありません。前記の理由により、「詐病」かどうかの判断は、非常に難しいからです。
ただ、それでも、早期に弁護士等の専門家に相談することは、対処法の一つとはいえるでしょう。
専門家に相談することで、モラルハザードが起きているかどうかを判断する一つのバロメーターを得ることができるからです。
私の担当した案件では、相談をよくよく聞いていると、相手方自動車にもこちらの自動車にも接触痕が全く残っておらず、「そもそも衝突していないのではないか」と考えられるケースがありました。
相手の方にはその旨を内容証明で伝え、任意での賠償をお断りしたところ、そのまま請求が来なくなったこともありました。
また、高額な休業損害を要求してきた方に、課税証明書の提出を依頼したところ、休業損害の請求を取り止めてきた方もおられます。
もちろん、相談を受ける中で、「それは払ってあげた方が良いのではないですか。」と回答するケースも、良くあります。
大事なことは、証拠に照らしてどのようなことが考えられるのか、それをきちんと知っておくことです。
証拠の有無で全ての正否を判断するつもりはありませんが、双方の利害が鋭く対立する場面では、やはり証拠の有無や程度は、一つの重要なバロメーターになるのです。