はじめに

pak85_omocyanotecyou_tp_v

「急迫不正の侵害」に対する反撃行為は罰しない、というのが正当防衛(刑法36条1項)です。しかし、「侵害」に対しては何をしてもいいというわけではなく、あくまで「やむを得ずにした行為」でなければなりません。

そして、「やむを得ずにした行為」とは「反撃行為が、自己または他人の権利を防衛する手段として必要最低限度のものであること、すなわち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであること」と解しています(最判昭和44.12.4刑集23巻12号1573頁)。すなわち、相当とはいえないような行き過ぎた防衛手段は「正当防衛」にあたらないのです。

では、行き過ぎた防衛手段は100%有罪なのでしょうか? 確かに行き過ぎた反撃は良くないですが、そもそも「急迫不正の侵害」があって、それから「自己または他人の権利を防衛するため」にやっただけなのですから、場合によっては行き過ぎた反撃をした人を罰しないことがあっても良いのではないでしょうか。

そこで、法はこのような相当性を有しない防衛行為(=「防衛の程度を超えた行為」)においては、裁判官は任意的に刑を軽減または免除できるとしております。このような防衛を過剰防衛と呼びます(刑法36条2項)。

過剰防衛と呼ばれるものは二種類あり、それぞれ講学上、質的過剰・量的過剰と呼ばれます。具体例を交えながら、これらの説明をしていきます。

質的過剰

防衛行為が必要以上に強い場合(素手で十分だったのに刃物を用いた等)を質的過剰防衛といいます。典型的な過剰防衛の場合であり、この場合に36条2項が適用されることはあまり争いがありません。必要以上に強い防衛行為か否かは、両者の年齢・体格・武器の有無等の具体的事情を考慮して判断するので、結果の重大性だけでは決まりません。

判例では、ホームで酔っ払いに絡まれた女性が男を振りほどこうと突いたところ、男がホームから転落し電車とホームに挟まれ死亡したという事件で…

①酔った男にいわれもなく近寄られると不安感が生じること

②防衛行為の態様も、男を離すために曲げた両腕を前に伸ばし1回突いたにとどまっている

③被告人は身長約167センチ、体重約65.6キログラムである一方、男は日本体育大学を卒業した後、高等学校で体育の教諭として勤務していた者であった…

等の具体的事情を考慮して、過剰性を否定し無罪を言い渡しました(千葉地判昭和62・9・17)。

また最近だと、被告人が市内の交差点で乗用車を運転中に大学生の男性(当時23)とトラブルになり、大学生が被告の車内に手や顔を入れていたのに車を発進させ、後輪で頭などをひいて死なせたという事件で、大学生が激高していた状況を考慮すると、被告人が防衛行為に出なければ殴られるなどの危険性があったとして、「車の発進、加速という行為以外の回避手段をとることは困難。やむを得ず身を守るために許される範囲内の行為だった」として過剰防衛を否定した判例も出ています(東京地裁立川支部平成28年9月16日、
http://www.asahi.com/articles/ASJ9J5W3XJ9JUTIL04F.html)。