XとBの体格差や、Bは両手を掲げてファイティングポーズを取ったにすぎないことを考えると、空手の有段者が、顔への回し蹴りという危険な技を放つことは「相当」とはいえません。従って、過剰防衛の事件とも思えます。過剰防衛が成立する場合には、刑法36条2項による刑の任意的減軽・免除が認められます。

しかし、そもそもBはXを襲うつもりがなかったのですから、「急迫不正の侵害」がないので、正当防衛が成立しません。そのため、過剰防衛の問題にはならずに(刑の任意的減免が認められずに)、通常の刑罰を科さねばならないケースのようにも思えます(36条2項適用の可否の問題)。

一方で、Xには「襲われる」という勘違い(=事実の錯誤)があったので、罪を犯す意志(=故意)がなかったとして刑法38条1項により、そもそも故意犯(※1)が成立しないことになるとも思えます(故意犯の成否の問題)。

このように、 「急迫不正の侵害」が存在する状態でないのに、そのような状態であると誤信して防衛行為に出てしまったが、仮に行為者の認識した通りの侵害が存在したとしても、その防衛行為が防衛の程度を超えたと評価される場合を誤想過剰防衛と呼びます。なお、厳密には、「急迫不正の侵害」は現実に存在したものの、これに対抗して必要・相当な防衛行為をするつもりで、意図せずに客観的に不必要・不相当な行為をした場合も、誤想過剰防衛の一類型(過失の誤想過剰防衛)とされています。

そして、ここでは故意犯が成立するのかという誤想防衛の問題と、刑法36条2項を適用できるかという過剰防衛の問題がそれぞれ出てくるのです。

故意犯の成否

誤想過剰防衛のケースにおいて、歴史的には故意犯の成立を否定する立場(誤想防衛説)と故意犯の成立を認める立場(過剰防衛説)がありますが、現在の判例・学説の多数説の立場からは、『違法性を基礎付ける事実の認識』があるか否かによって故意犯の成否が決まります。分かり易くいえば、正当防衛該当事実があるという認識(ないし誤認)を前提としつつ、その一方で『これはやりすぎだな』という事実の認識(=違法性を基礎付ける事実の認識)がある場合には、(誤信があるにもかかわらず、)故意犯が成立するのです。

言い換えると、(客観的な)過剰行為をしている者の認識(ないし誤認)していた「防衛行為」をも前提として、それが「相当」であれば誤想防衛として故意犯が否定され、逆に「相当でない」のなら過剰防衛としての故意犯が成立するのです。

次ページ 「最近、この点が問題となった裁判例としては、被告人が、実弟から襲われて、自己の身を守るために実弟の背後から腕を首に回して締めつけて窒息死させたという事件があります」