これに対して、判例や学会の通説的見解からは彼女は故意犯としての責任は否定される一方、誤信につき過失があった場合にのみ、過失犯の成立があるのみです(過失致傷.刑法209条)。こちらの立場のほうが妥当な結論を導きやすいといえるのではないでしょうか。

なお、10年ほど前の裁判例になりますが、被告人が自分の兄と一緒に、Aを含む7名余の者から木刀等で殴りかかられた際に、Aと木刀を取り合っていた兄を助けるため、運転する自動車をAに向け急後退させて追い払おうとした結果、Aの右手に同車左後部を衝突させたが、同時に兄を轢過し、出血性ショックにより死亡させてしまった(Aは傷害なし)という事件がありました(大阪高裁平成14年9月4日・判タ1114号293頁)。 被告人の主観としては兄を助ける為という意味で正当防衛(ないし過剰防衛)でしたが、客観的にはなんら不正の侵害をしていない兄に対して傷害致死罪を成立させてしまったという事件ですから、まさに誤想防衛が問題になる事案です。

判例は『…被告人が主観的には正当防衛だと認識して行為している以上、兄に本件車両を衝突させ轢過してしまった行為については、故意非難を向け得る主観的事情は存在しないというべきであるから、いわゆる誤想防衛の一種として、過失責任を問い得ることは格別、故意責任を肯定することはできないというべきである』として、故意を否定しました。判例が厳格責任説をとっていないことから、このような結論になったのでしょう。

(※1)犯罪事実としての違法な事実を認識したうえで、その行為にでた者のこと。

参考文献
山口厚 (2016年) 「刑法総論(第3版)」
前田雅英 (2015年) 「刑法総論講義(第6版)」
山口厚・佐伯仁志 (2014年) 「刑法判例百選Ⅰ総論(第7版)」
今井猛嘉・小林憲太郎・島田聡一郎・橋爪隆 (2012年) 「刑法総論(第2版)」
小林憲太郎 (2014年) 「刑法総論」
小林憲太郎 (2015年) 「重要判例集 刑法総論」